お元気ですか?荒川区議の大月です。ちょっと時間が立ってしまいましたが、令和維新①の続きです。
◆教育は「横並び」から「選択」へ
特に痛感するのは、公教育の問題です。今の日本の公教育は、「同じ年齢の子どもたちが、同じ空間で、同じことを、同じように学ぶ」ことを良しとする横並び文化にどっぷりと浸かっています。
ですが、本来の教育とは“違い”を育てるものであるはずです。社会にでたら、自分の得意分野を活かした役割があります。その組み合わせが組織の活性化につながります。
花巻東高校の佐々木監督が仰っていましたが「大谷翔平選手の二刀流を“非常識”という大人たちこそ、非常識だ」と。
同じように、教育現場でも「非常識」とされてきた個性や挑戦が、本当は未来の種なのではないか。大人の役割は、“型にはめること”ではなく、“可能性を伸ばすこと”ではないか。私は、そう信じています。
◆“外圧”こそ、実は日本を変える希望?
日本という国は、歴史的に「外圧に弱い国」です。ペリーの黒船、戦後のGHQ改革、TPP交渉しかり。内部からの変革は難しくても、外からのプレッシャーには妙に従順です。
そう考えると、今起きているグローバルな変化、例えばトランプ大統領の関税政策なども、外圧として日本にとって実は“チャンス”なのかもしれません。
内部改革が難しいなら、外圧をうまく利用して、自らの構造を変えていく。そのためには、常に“準備”が必要です。準備とは何か?それは「多様性の受け入れ」と「スタートアップの育成」だと考えています。
◆大学にこそ、多様性と世界戦略を
教育・研究の中心である大学も、例外ではありません。今後は、もっと“外”に開かれた大学が必要です。
海外の優秀な留学生に、日本で学び、日本の経済活動に参加してもらう。そしていずれ母国や他国で活躍しても、「日本の大学で学んだ」という経験が、日本に対する理解や親しみを生むはずです。
日本の税金を外国人のために使うことに異論はあるでしょう。でも、短期的な損得勘定だけで、未来への投資をためらってはいけないと私は思います。
「滴水の恩、湧泉をもって報いる」——これは中国のことわざですが、小さな恩恵であっても、それ以上の大きな形で感謝を示すべきだという意味です。日本の未来は、こうした長期的な視点と寛容な姿勢にかかっていると思うのです。
◆「今ある技術」×「新しい発想」=日本の逆転
日本には「丁寧に磨かれた技術」があります。問題は、それを新たなステージで活かす“場”と“人”が少ないこと。
AIやロボティクスといった新しい技術を掛け合わせれば、日本の伝統技術が世界を変える可能性すらあります。そのためには、スタートアップの育成が不可欠です。
30年前のGAFAMだって、最初は小さなベンチャーでした。マイクロソフトは、MS-DOSから始めて、Windows Officeなどで世界を席巻しています。アップルだって、一度、潰れかけています。日本だってできるはずなんです。私たちに足りないのは、「思い切る勇気」かもしれません。
◆ガラガラポンのスイッチは、私たち自身が持っている
今の日本には、どこか“息苦しさ”があります。でも、過去もまたそうでした。明治も、戦後も、混沌とした時代だったと思われます。
それでも、日本人は変われた。変わる勇気を持ったからです。
だからこそ、今、この「見本のない世界」の中で、私たちが次の時代の見本になるくらいの気概を持って、ガラガラポンのスイッチを押しましょう。
変化は、外からやってくるものではありません。誰かがくれるものでもありません。私たち一人ひとりが、思い切ってそのボタンに手を伸ばすことでしか始まらないのです。